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再開発工事現場報告-⑧ [住宅]

前回の報告から1ヶ月お休みを頂いた間に現場はドンドン進んでいた。

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1)8.14・・・1階の柱の鉄筋が立ち上がってきた。

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2)8.21・・・柱の廻りに型枠が取り付く。

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3)8.28・・・一部に2階の梁の型枠も入り始めた。

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4)9.04・・・1階天井スラブの型枠も徐々に敷設され外壁廻りの足場も回って、建物の格好も見え始めた。

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5)9.11・・・全体の姿が見えてきた。

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再開発工事現場報告―⑦ [住宅]

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再開発工事現場報告―7

工事も大分進捗してきた。地下の自走式駐車場部分も、西側ランプ(斜路)、東側ランプもハッキリ解るようになってきた。去年の5月に我が家が撤去されて1年3ヶ月、3層ある地下部分の工事ももう一息で地上に上がってくる。地上工事は公民館、市の出張所の市役所関係棟と図書館、商工会議所、と民間の住宅が入る民間棟の2つの建物が出現する。

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飯能郊外の道祖神 ! [趣味・カルチャー]

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飯能郊外の道祖神
減反政策のあおりを受けて里山の風景が変わって来ています。藁葺き屋根の農家が減って、無国籍と云える建物に変わってしまうのが残念です。この絵は飯能の郊外の道祖神が残っている場所を描いた物です。道ばたの隅に小さな小屋のなかに地蔵様が赤い涎掛け(アブチャン)を掛けてひっそりと立っている長閑さが懐かしいです。
 


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池袋界隈-⑤ [趣味・カルチャー]

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池袋の東口のまちをちょっと歩くと、東側にある焼却炉の白い6角型の煙突が目に入ります。明治通りの三越百貨店や、パルコ、ビッグカメラ、が林立する中に、今年になって、ヤマダ電機のラビが割り込んできて、人通りも多くなりました。三越の裏通りに回ると、サンルートホテル越しに焼却炉の煙突が堂々と聳え立っています。
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再開発工事報告ー定点観測その⑥ [住宅]

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再開発工事の定点観測ー⑥

地下1階部分の柱が立ち上がって、間仕切りの型枠も部分的に見られます。画面の右の方はスラブを受けるメンバーの上に人が立っているのが見えます。2枚目の写真ではかなりの部分でスラブ受けの板が施工せれてきました。この地下1階部分が終わるといよいよ地上階です。あと1月もすれば建物が地上に現れるはずです。そうすれば街を歩いているひとたちにも工事の進捗状況が見られるようになります。楽しみですね。
 


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池袋界隈ーその4 [趣味・カルチャー]

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去年の11月に出して以来半年ぶりの発表です。西武線の終点の改札口を出てグリーン大通りの方を見るとサンシャイン60のビルが目の前に聳え建つのがみえます。横断歩道の左側の植え込み下は池袋ショッピングセンターの店舗が広がっています。横断歩道を渡りきって見返ると西武デパートの長いファサードが見えます。絵の左端に見える片流れの建物は「交番」です。これも面白いデザインです。
 

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再開発現場報告ー⑤ [住宅]

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去年の9月、我が家が撤去されて8ヶ月が経過しました。通りを歩いていても塀の中がどうなっているのか解りません。これは隣のビルの5階からの定点観測です。1枚目は地下3層部分のスラブが見えます。その後柱の鉄筋が立ち上がって地下2層目のスラブ用型枠が設置され、3枚目の写真で大梁用のn溝が見えます。地上の桟橋も左側の半分が外されているのが解ります。この写真の見えている範囲は自走式の駐車場となります。
 

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お祭りー丹下左膳のセルロイドのお面! [日誌・雑感]

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或る山里の鎮守の森です。中央の石段を登るとこの村の鎮守様です。子供の頃、鎮守様の夏祭りが楽しみでした。その日は昼間から神楽殿のお囃子の笛や太鼓の音が風に乗って聞こえて来るともうそわそわして日の暮れるのが待ち遠しいのでした。夕飯もそこそこに浴衣に着替えて親の手にぶら下がりながら急いだものです。金魚すくい、電動綿飴、丹下左膳のセルロイドのお面、ニッキのパイプ、鉄板焼きそば、暦売り、射的、等夜店の賑やかさ、各お店は電球ではなく、カーバイトのアセチレンガスが灯りでした。この話は戦争前の昭和10年代の事です。
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やはり減反政策は誤りであった! [日誌・雑感]

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或る山里の田植え風景です。最近のニュースで知ったのですが、休耕田に手入れが入らず荒れ果ててしまって、元の水田に戻すのは不可能だと御百姓さんが話をしていました。日本の美味しい米を減反で作らせないで、カリホルニア米を大量に輸入しているのだそうです。
ここに来て、日本米が美味しいので中国では日本の10倍もの値段で売れているそうです。
また、小麦の値段が上がって米の粉で作ったパンの評判がいいので、減反など中止してもっと米を作るべきだと思います。それにしても里山の農家には爺さん、婆さんの限界集落になってしまって、日本の農業の先行きが心配です。

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集団疎開で分宿した農家! [趣味・カルチャー]

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東京生まれの私が、山里の生活を経験したのは、皮肉な事に太平洋戦争当時小学生で学校ぐるみで群馬の山里のお寺に集団疎開した時、寝具がまだ到着しないので、その村の農家に分宿したのが、最初の経験です。
その農家に3日間厄介になりました。養蚕農家で2階の部屋は蚕の飼育室です。夜中に目が覚めると、上の方でカサコソと音が聞こえます。蚕が桑の葉を食べている音でした。
またそこの小父さんに草鞋を作るのを教わりましたが、1日履くと壊れてしまいました。子供故締め具合が緩いのでした。遙か昔の思い出です

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