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集団疎開で分宿した農家! [趣味・カルチャー]

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東京生まれの私が、山里の生活を経験したのは、皮肉な事に太平洋戦争当時小学生で学校ぐるみで群馬の山里のお寺に集団疎開した時、寝具がまだ到着しないので、その村の農家に分宿したのが、最初の経験です。
その農家に3日間厄介になりました。養蚕農家で2階の部屋は蚕の飼育室です。夜中に目が覚めると、上の方でカサコソと音が聞こえます。蚕が桑の葉を食べている音でした。
またそこの小父さんに草鞋を作るのを教わりましたが、1日履くと壊れてしまいました。子供故締め具合が緩いのでした。遙か昔の思い出です

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コメント 1

しゃくとりむし

私の父も、小学校で集団疎開をしていました。

どうしても東京に帰りたくて集団疎開のお寺から抜け出したそうです。
線路の上を歩いていけば東京に帰れると思い、ずっと線路伝いに
歩いていったのだとか・・・

繭玉人形を見ると当時のことを思い出すそうです。

『集団疎開で養蚕農家に分宿』と聞いてその話を思い出しました。

by しゃくとりむし (2008-05-19 18:17) 

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